ノラ誕生日企画書き下ろしSS「Snowflake」

 ーーー12月のニューヨーク。
 
 見慣れたこの景色は、何故か居心地が悪い。うまく表現する言葉が見当たらないが、留まるための場所ではなく、ただ通りすぎるだけの場所、とでも言おうか。クリスマスを祝う街の喧騒を、ただただ煩わしく感じていた。
 ふと、鼻先に冷たさを感じ視線を上げると、雪だった。

(また降り始めた。夜のうちに、また積もるんだろうな)

 西海岸のサクラダでは雪は降らない。この街に愛着はなくても、冷たく研ぎ澄まされたこの空気は好きだ。大きく吸い込んで、白い吐息に変える。
 生まれ育ったマンハッタンは、とにかく騒がしい街だ。サクラダスクエアも賑やかな繁華街だが、それとも空気が違う。誰もが通り過ぎる。自分の周囲だけがまるで早送りのようにさえ感じる。人生の半分以上を過ごした街のはずなのに、いつまで経っても自分は他所者だった。

『サンタクロースにもノラにも会えないクリスマスになりそうだね』

 冷えきった掌の携帯をじっと見つめた。画面には、届いたばかりのメッセージ。仕事柄、言葉の裏を読むのは慣れている。それなのに、彼女の言葉にはいつも裏が見えない。深い意味はない、きっと、それだけのこと。
 ポケットに手を入れると、さっき露店で買った小さなオーナメントに触れる。指に引っ掛けて、目の前にかざしてみる。小さな、雪の結晶の形。街の光を反射してキラキラと光る。幼い頃の思い出にあるクリスマスツリーはとても大きくて、当時の俺は華やかな飾り付けを冷めた目で見ていた。周りの大人からすれば、どれだけ可愛くない子どもだっただろう。どんな飾りも光も記憶にはたいして残っていないが、小さな雪の結晶のオーナメントだけは、手に握りしめた感触まで覚えている。毎年、祖母が小さな箱から取り出してくれた、小さな雪の結晶。それだけは、いつも自分の手でツリーに吊り下げた。爪先立ちで、出来るだけ高い場所へ、より高い場所へ。
 飾るツリーもないのに手に取ってしまったオーナメント。土産だと言って渡せる頃には、とっくにクリスマスも終わっているだろう。でもきっと、笑って受け取ってくれるような気がする。

『こっちでは雪が降ってますよ』

 携帯にメッセージを打ち込んでいると、子どもの笑い声が聞こえてきた。向かい側の道路で、空を見上げて飛び跳ねている子どもだ。小さな手を高く上げて、降り出した雪に触れようとしている。その姿にふっと口元が緩んだ。

 雪が降ってますよ、そう言ったら、彼女はどんな声で笑うんだろう。

 打ち込んだメッセージを削除して、代わりに電話番号を入力する。きっと、子どもみたいに笑うだろう。通話ボタンを押そうとして、指を止める。

 ーーー雪が降っている、ただそれだけのこと。

 打ち込んだ電話番号を削除し、カメラに切り替えた。画面越しに見るセントラルパークと、ビルの光。かすかに降り始めた雪は画面には映らない。

 雪が、降っている。ただ、それだけだ。


(text by minetaka)